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高松高等裁判所 昭和29年(ネ)329号 判決 1955年3月31日

控訴人(附帯被控訴人) 渋谷太郎

被控訴人(附帯控訴人) 目黒サトコ(いずれも仮名)

主文

本件控訴並びに附帯控訴を孰れも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とし附帯控訴費用は附帯控訴人の負担とする。

事実

控訴並びに附帯被控訴(以下単に控訴人と称する)代理人は、控訴につき、原判決中控訴人敗訴の部分はこれを取消す、被控訴人の請求はこれを棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被訴人の負担とする旨並びに附帯控訴につき、それを棄却する旨の判決を求め。被控訴並びに附帯控訴(以下単に被控訴人と称する)代理人は、控訴につきそれを棄却する旨並びに附帯控訴につき原判決中被控訴人敗訴の部分を取消す控訴人は、被控訴人に対し金四十一万千三百八十円を支払え、訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする旨の判決及び担保を条件とする仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、それぞれ左のとおり補充した外孰れも原判決適示の事実と同じであるから茲にこれを引用する。

被控訴人において「嫁入道具、衣類等は、控訴人との本件婚約による結婚生活を営むための必要上新たに購入持参したものであるが控訴人の該婚姻予約不履行により無駄となり被控訴人の日常生活に必要のないものであるからその購入の目的を失うに至り、これが購入代金相当額の損失を被つている筋合である、従つて何時でも該物件を引渡すにより控訴人においては、右損害を賠償すべきである。見合いの費用、袴料の損害も婚約不履行者たる控訴人において賠償すべき義務がある。仮りに右道具、衣類等購入代金相当額の損害賠償請求が認められないとしても、被控訴人は上叙の如く日常生活上不必要な道具、衣類等購入代金の支出を余儀なくさせられたことにより精神上の苦痛を被るに至つた。これが慰藉料は、右購入代金四十万三百八十円相当額と做すべくこれを別途二十万円の慰藉料と併せ請求する。」と補述し。

控訴人において「被控訴人の右主張を争う。」と述べた。

<立証省略>

理由

被控訴人が昭和二十七年五月二十八日控訴人と双方の親族立会のもとに一般の慣例に従い結婚の式を挙げ控訴人方において同棲し事実上の夫婦生活たる所謂婚姻の予約をするに至つたこと、ところで控訴人がその後同年十月十七日該婚姻予約を破棄するに至つたことは当事者間に争いがない。

控訴人は、被控訴人が斜視又は義眼であるに拘らずそれを秘していたし従順でもない等予約を破棄する正当な理由があると抗争し、それを裏付けるかの如き原審証人品川エミ子及び原、当審証人渋谷サカエの各証言、原、当審における控訴本人の供述は、たやすく信用し難く他に抗弁を認められる証拠はない、却つて成立に争いのない甲第一号証の一、二原審証人大崎操、四谷安正、上野ツル及び原、当審証人上野平八の各証言、原、当審における被控訴本人の供述並びに前示証人渋谷サカエの証言及び控訴本人の供述の一部を綜合すると、被控訴人は斜視又は義眼でないこと明らかであり又従順でなかつたと云うようなことは認められない、のみならず控訴人は、被控訴人と見合いをし又その後相携えて丸亀市に遊覧に出かける等の交際をもしたうえ慣例に従い結納を授受して婚約をし前認定の如く挙式をして同棲し夫婦生活をするに至つたものであるところ被控訴人は、強いて云えば目の白い部分が多いのではないかと思われる程度に過ぎず普通と変りなくその言動とても普通であつたようであるが、控訴人は七、八千円の月収中から自ら千円も煙草銭として天引き更にパチンコ代とかその他をも差引いた残りを月々の生活費として被控訴人に交付するのが常であり、それさえも全然交付しない月もあつたりする等、一向夫婦生活の改善に努めず次第に冷たい態度を示し、遂に前認定十月十七日被控訴人宛に「口では云えない、愛情の冷却ができたから夫婦別れする」旨記載の置手紙をして所在を晦ますに至り、その後所在判明したけれども置き手紙のとおり実行すると主張して肯ぜず、やむなく被控訴人は実家に戻り嫁入道具等を引取つたものであるのを窺知することができる。そうだとすれば、控訴人は右婚姻予約に従いそれを法律上の婚姻たらしむべく即ち婚姻の届出をしなければならないに拘らず、正当なる事由なくして違約(不履行)したるものと云うべく、斯様な場合においては被控訴人が該予約を信じたるがため被るに至つた物質上並びに精神上の損害を賠償すべき義務があること勿論である。

よつて被控訴人主張の損害につき審究するに、先づ見合の際の接待の如きは、右婚姻予約成立以前しかも該予約成否未定の間において無駄となることがあるかも知れないことを知りながらするものであつてそれに要する費用の如きも自己の損失に帰するかも知れないことを予期しているものであること通念上明らかであるから、該費用を損害として賠償を求めるが如きことは許されない、しかもその後自由なる意思判断に基づいて成立するに至つた右婚姻予約なる行為介在するので該予約違背との間に因果の関係も存しない、だから右費用を損害なりとしてその賠償を求める点は示余の判断を俟つまでもなく失当と云うべきである。

次ぎに前示証人上野平八の証言及び被控訴本人の供述によれば、被控訴人は、一般の慣例に従い前認定婚姻予約のため(イ)、嫁入道具、衣類等原判決添付目録記載の如きものを調達(その代金合計四十万三百八十円)持参した、(ロ)、又婚礼当日の門出祝をしその費用合計金二万六千九百七十円(詳細は別紙目録記載、1乃至5及び11)を要し、(ハ)、婚礼に際り控訴人方え土産物を持参しその買入代金合計六千九百五十円(詳細は、同目録6乃至10)を支払い、(ニ)、及び同じく控訴人え袴料として金五千円を贈り、(ホ)、又前記(イ)の荷物等運搬料として金千二百五十円、(ヘ)及び女中祝儀(着付料)として金二千円をそれぞれ支払つた外(ト)、媒酌人に金二千円の謝礼をしたことを認められるところ右(イ)の道具、衣類等の内前示目録記載順1乃至12及び17乃至39の如く控訴人との夫婦生活を営むための必要によるものと認めるを相当とする如きものは上叙婚姻予約の不履行によりその用途を失い一応無駄なものとなつたと云い得るであろうけれども前認定に明らかな如く被控訴人において、これらの物を自己の手許に引取つているから未だ現実、具体的に損害を生じたこと乃至はその額等不明であると云わねばならぬ、被控訴人は、何時でも前記占有物を引渡すと主張するが、控訴人においてそれを引取らなければならない法律関係存しないし、被控訴人の立証に具体的な損害を生じ乃至はその額の認められるものがないので結局右物件に関する損害賠償請求は失当と云わなければならぬ、又右目録記載爾余のものの(衣料品及び雑品並びに鏡台、針箱、ミシン等)如きは、主として被控訴人自身の用に供するためのものと云うべきであり、右認定の如く被控訴人が引取つているものであるから控訴人の右予約不履行により何等不利益な影響を受けているようなこともないので、損害を被つたものと云えず、従つてこれに関し損害を請求することの失当なこと明らかである。(ロ)、(ハ)、(ホ)、(ヘ)及び(ト)、の如きは、控訴人の右予約不履行により被控訴人の被つた損害というべきであるから控訴人にこれが賠償の義務がある。しかし(ニ)の袴料は、結納の一種に属するものと解するを相当とするが結納は婚姻(又は縁組)の成立を予想して当事者双方より交互に又はその一方より他方に対し授受されるもので贈与の一種であり、一旦事実上の婚姻が成立した以上、該授受の目的を達成したので控訴人の右予約不履行により損害となる謂われがなく、従つてこれを損害として請求することも失当である。

又被控訴人は、控訴人の婚姻予約不履行により精神上甚大なる打撃苦痛を受けたであろうことは通念上推測し得られるし、前示被控訴本人の供述でも認められるところでもある。そして被控訴人と控訴人との本件婚姻予約の成立及び予約中の状況並びに控訴人の予約不履行の状況等が上叙認定のとおりであり、前示証人上野平八の各証言及び被控訴本人、控訴本人の各供述を綜合すれば、被控訴人の生家は従前より農機具の製造を業としていたが近時これを会社組織にし実兄がその社長として経営に当つており、村内では上流の生活をしているものであり、被控訴人は旧制の女子実業学校を卒業し婚姻予約当時二十四歳にして初婚であつたこと、控訴人は旧制の商業学校を卒業したが朝鮮からの引揚げ者で別に資産等を有せず観音寺郵便局に勤務しており、婚姻予約当時二十八歳で月収手取七、八千円にして初婚であつたが現在月収一万円以上であることの認められる(控訴人は、被控訴人が実家え引取る際慰藉料として一万円を交付したから斟酌されるべきであると抗争するけれどもその証拠がない)のを綜合勘案すると、精神上の苦痛による損害即ち慰藉料の額は金二十万円とするを相当とする。

被控訴人は、前認定(イ)の道具、衣類等購入が控訴人の上叙婚姻予約不履行のため日常生活上不必要なものの代金を支払わせられるの余儀なきに至らせられたことにより精神上苦痛を被るに致つたと主張するけれども、右物品に特別の事情存することの認められる証拠はないから普通の物品と云う外なく、又一般に物品購入のため代金を支払うことは当然とし、該購入が後日無駄となるに至つたとしても他面代金相当の物を取得しているから経済的不利益も存しないので右物品購入の代金支払いにより精神上苦痛を被ると云うが如きことは考えられないことなので、叙上主張事由による慰藉料請求は失当と云わなければならない。

控訴人は、被控訴人に交付した結納五万円は婚姻不成立により返還を受くべきものであるから、被控訴人請求の本件損害金と相殺をする旨抗弁するが結納は、前説明の如く授受される贈与の一種であり、他日事実上の婚姻が不成立に終つたときは、これを受けたものは当然その目的物を相手方に返還すべき義務を有するものであるが、特別の事情なき限り事実上の婚姻が成立した以上、その授受の目的を達したのであるから仮令法律上の婚姻が成立するに至らずして止んだとしても、これがためその受けた結納を返還する義務が生じないものと解する、ところで前示証人渋谷サカエの証言における本件結納授受に際り結婚が都合よくゆかないときは返して貰える旨特に約定をし、前説明に所謂特別な事情存するかのような部分があるのはたやすく信用し難く他に特別事情のあることを認められる証拠はない、しかも前認定の如く被控訴人は、控訴人と事実上の婚姻をし、それが数ケ月も継続されていたのであるから右説明のように結納授受はその目的を達したので控訴人は、その返還を求めることができないものと云うべきである、のみならず自らその責に帰すべき事由により婚姻予約を不履行に帰せしめもつて婚姻を不成立に終らしめながら該婚姻不成立を事由として結納の返還を求めるが如きことも、信義誠実の原則に照らし許されないものと做すべきである、それ故爾余の判断をするまでもなく右相殺の抗弁は失当である。

そうすると、控訴人は、被控訴人に対し合計金二十三万九千百七十円の損害を賠償すべきであるが、被控訴人爾余の請求は失当である、だからこれと同趣旨の原判決は相当である。

よつて民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 前田寛 太田元 岩口守夫)

目録

挙式費用――合計 五万百七十円<省略>

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